放課後さいころ倶楽部 #8-9

ということで、ゲッサン2013年8月号の記事で後回しにしていた『放課後さいころ倶楽部』の批評を。
そういや、この漫画の略称って何なんですかね。『ころクラ』?

前作『月の蛇』はキャラの格好良さはあるものの、伏線や駆け引き、動きの面で微妙だったので、
ほぼ動きが必要がないジャンルで、かつ駆け引きをメインにした題材を扱うという点で興味深いです。

連載の告知が掲載された2013年3月号の記事でこう書きました。
私は『月の蛇』の単行本を全巻揃えてるので、もちろんこの作品にも期待してはいたのですが...
導入の1話目はともかく、それ以降は期待をはるかに上回る漫画に仕上がってるんではないかと。


個人的に面白くなってる要因は二つあると考えています。
ひとつは、ゲームの面白さと漫画の面白さを上手くリンクさせていること。
もう一つは、キャラを丁寧に描けてること (特に、ゲームを通じて) 。
この辺りの構造的なことは、単行本が出た後 (9/12発売予定) にでも書くとして。


#8 に関しては、二点ほど触れておきますか。
まずはルール。今回のゲームは『ハゲタカのえじき
Goofspiel』 (リンク先は英版wiki) というトランプを使ったゲームを、
アレックス・ランドルフがアレンジしたカードゲームだそうです。

ハゲタカのえじき (Hol's der Geier) 日本語版 カードゲーム

ハゲタカのえじき (Hol's der Geier) 日本語版 カードゲーム

これは1回だけやった事があります。確か昔は得点カードがねずみだったような気が...
そもそも、ハゲタカがねずみを食べるから『ハゲタカのえじき』という名前なのですし。
メーカーが再販する際に、描く絵を2枚で済ませるためこうしたんでしょうか?w
放課後さいころ倶楽部ゲッサン2013年8月号 p89-90 中道裕大


ルールは2pでほぼ収まるシンプルさ。

画像で説明されているルールに二つ補足すると、
プレイヤー全てが被ったら、もう一枚山札をめくって2枚のカードを取り合う。
(この時、カードを足してプラスなら得点カード、マイナスなら減点カードのルールに準ずる。
足して0になった場合は...知りません!)
減点カードが出た時に一番小さい数字を出した人が被ったら、その次に小さい数字を出した人が引き取る。
放課後さいころ倶楽部ゲッサン2013年8月号 p101 中道裕大

このシーンで、仮に11ではなく7が被っていたら、9を出した人が引き取ることになります。


このようなルール説明をどう描くか?というのがこの漫画の一つのハードルになるんですが、
(作者的にも読者的にも)
読者に対するハードルを下げるために、ルール説明はなるべくシンプルに描くことが基本だと思います。
どうやればシンプルに描けるかって辺りも単行本が出た時に後回し。
まぁ既に答えを書いてるようなもんですが...


もう一点は、別に7話に限った話ではないんですが、ゲームシーン以外でのキャラの動かし方。
放課後さいころ倶楽部ゲッサン2013年8月号 p84 中道裕大

まぁベタと言われるとベタなんですが。
アヤに「冷た…」と言わせてはいるものの、ミドリのセリフが「いいけど仕事のジャマしないでよ?」
「ミドリちゃんが寂しくないか心配でさ☆」という言葉を否定する訳ではなく、
かつ仕事のジャマをしないように、という枷も作ってます。
この後にも「午後6時以降の娯楽施設への出入りは校則で禁止」という枷を加えた後、
放課後さいころ倶楽部ゲッサン2013年8月号 p87 中道裕大

その枷を店長が一つづつ外して、ミドリがそれを「しょーがないわねー」と受け入れつつ、
「ワンゲームだけね」と枷を付ける。
ツンデレの鑑ですなーw

 カセとは一体何でしょうか。定義としてはこういうことになりましょう。「ドラマを盛りあげるための関係的要素」。『広辞林』によれば「刑具の一つ、首や足をしばりつけるもの。転じて、離れられないもの、邪魔もの、系累 (※原文ママ) 」とあります。
 その意味から、「登場人物が、ある目的に向かって進んで行こうとするとき、条件として邪魔になるもの」ということになります。つまり、登場人物のひとり花子は、太郎が好きで結婚したい (目的) と思っていますが、邪魔があってできません (カセ) 、というのは、花子の家は太郎の家とは喧嘩してるからです。


(中略)


 このカセのあることが、ドラマの対立となって盛り上がって行く大きな要素になります。心に残るメロドラマの名作の数々は、このカセが巧みに使われているのです。
『新版 シナリオの基礎技術』 p268-269 新井一 ダヴィット社

シナリオの基礎技術

シナリオの基礎技術

上記のシーンは心に残るメロドラマではなく、
盛り上がって行く大きな要素として枷を使ってる訳でもありませんが、
枷を付けて、それを外すという流れでストーリーを紡いでいく、という点では同じでしょう。
一見すると単にJKがキャッキャウフフしてるだけの漫画に見えますけど、
構造的にみると基本に忠実な、よく出来た漫画だと思います。
まぁこういう構造があるから、きちんとキャッキャウフフを描けるって事にもなるんですが。


#9 は個人的に大満足のロジック回。
放課後さいころ倶楽部ゲッサン2013年8月号 p98 中道裕大

このロジックのツッコミどころを説明するのは需要が少なそうなんで後回しにするとして、
ハゲタカのえじき』は心理戦とカウンティング (出たカードを覚えること) が重要なゲームにも関わらず、
ミドリはあえて論理的なアプローチを選択するというキャラ描写がこのシーンです。
そして、それを補強するために
放課後さいころ倶楽部ゲッサン2013年8月号 p99 中道裕大

この描写。
心理戦を回避するのは、客観的にみればそれが苦手だからだと思われますが、
少なくともミドリは高みの見物を決め込む為だと考えています。
これもミドリがSであるというキャラ描写です。


放課後さいころ倶楽部ゲッサン2013年8月号 p103 中道裕大

そして、ロジカルなミドリとインスピレーションのアヤがバッティング。
正反対の思考回路なのにのも関わらず、出すカードは被るという面白さ。
こう分析すると、このシーンはキャラの対比にもなってます。
アヤがミドリと同じだと言われてテンションが上がりつつ、
それに納得しないミドリは自ら付けた「ワンゲームだけ」という枷を外す。
ツンデレの鑑ですなw


放課後さいころ倶楽部ゲッサン2013年8月号 p110 中道裕大

そしてこのシーン。いやーもー素晴らしすぎて涙が出そうです。


まずはミドリと店長がプレイしてるゲーム。
こちらも『ハゲタカのえじき』同様、アレックス・ランドルフが作った『ガイスター』

ガイスター (Geister) ボードゲーム

ガイスター (Geister) ボードゲーム


こちらは、ほぼ心理戦オンリーのゲーム。
この事から、ミドリは心理ゲーが嫌いではないという事は分かりますし、
「やっべーやっぱランドルフ面白れー。
 ミキちゃんとアキちゃん帰っちゃったから二人用の『ガイスター』やろうZE!」
という話でもしてたんじゃないかという想像が沸きます。
もちろんコレが何のゲームかが分かる人が読めばの話ですが、
それだけに分かる人はニヤッとなる演出です。


そして、「よくできたゲームは人の心を繋ぐ。」というセリフ。

これからの時代、個人主義共同体主義をいかに融合させるかが課題になると考えているのですが、
その為には個人と個人の繋がり (connection) をどうするか?が鍵になるんではないかと。

2013年6月号の記事でこう書きましたが、
各々のキャラクターを丁寧に描いた上で、他のキャラクターとの交流も丁寧に描く。
ゲームを通じて人の心を繋ぎ、人の輪が広がっていく様が、
このような直接的なセリフ以外でも、間接的に表現されている漫画なんではないでしょうか。


最後に、「自分の作ったゲームで遊んだ人達を笑顔にしたい−−」というモノローグは、メタ的な表現でしょう。
この漫画もまた「自分の描いた漫画で読んだ人達を笑顔にしたい−−」
という作家の祈りが込められている…  私にはそう感じられます。





...と、綺麗にまとまった後に、後回しにしていたロジックの解説を蛇足的に。
ここのシーンは別に読み飛ばしても全く問題ないって所が、
この漫画において一番大切な事であると最初に書いておきます。
私はこういうロジックが大好物ですが、
数学苦手な人にとっては見たくもないシーンでしょうし。
なので、この漫画に倣って、読み飛ばし易いよう最後にもってきました。


まぁ、こういうロジカルな回は1巻に1話くらいが妥当だとは思いますけどね。
放課後さいころ倶楽部ゲッサン2013年8月号 p98 中道裕大

実のところ、

カードの優先順位を
10 9 8 7 6 -5 5 -4 4 -3 3 -2 2 -1 1
高←                          →低
と仮定し、これに順じた手札をプレイヤーが出すと考える!!

この仮定…「これに順じた手札をプレイヤーが出す」こと

山札109876-55-44-33-22-11
順位
手札151413121110987654321
これこそが、『ハゲタカのえじき』における最もオーソドックスな攻略法です。
これを頭に入れつつ、いかにバッティングしないようにチキンレースを挑むというのが、
通常このゲームに対するスタンスになります。


引用した画像の2つ目と3つ目の表は
「オーソドックスな攻略法とランダムに手札を出す戦法とで対戦」した時の、
ランダム戦法のプレイヤーがカードを獲得できる確率と期待値という事になるんですが、
この二人が対戦した場合

オーソドックス = 期待値 30.33
ランダム = 期待値 7

と、明らかに差が出ます。
オーソドックスな戦法が論理的に正しい攻略法だというのがこれでも分かるのではないかと。
(期待値を足して40にならないのは、バッティングした後の処理を無視しているからです)
もちろん、実際のゲームで相手がランダムに手札を出してくる事はありませんが。


ではミドリの攻略法はどうなのか。

よって、期待値の大きさに従って並べると得点カードに対する手札は…

そもそも画像の期待値は、「対戦相手がオーソドックスに手札を出す」かつ、
「こちらがランダムに手札を出す」という前提において成り立つ数字ですから、
その前提を崩した段階で、この期待値は何の意味を為さないことにはなります。
実際、ミドリの並べ方だと

対 オーソドックス = 15 (確定)
対 ランダム = 13.06 (バッティングした後の処理を無視)

となり、対オーソドックス・ランダム共に分が悪いです。


だからこの攻略法が間違っていると批判的に書きたいのではなく。
放課後さいころ倶楽部ゲッサン2013年8月号 p97 中道裕大

そもそもこの攻略法は、15から11の強い手札を無駄にしない事を重視しています。
さらに、必勝法とは程遠いというのもミドリは自覚しています。
放課後さいころ倶楽部ゲッサン2013年8月号 p97 中道裕大

恐らく「取れる点数は13〜15点」というのは
対オーソドックス・ランダムでの点数が根拠になっているのでしょう。


また、先の理論には隠れた前提として「二人で対戦した場合」という条件があります。
対戦人数が増えれば増えるほど、10〜7のような高得点カードもさらに取りにくくなりますが、
5や4のようなカードを手札の12や13で取れる確率は、相手がランダムでもない限り、
人数が増えるほどには確率は下がっていきません。
対戦人数が増えれば増えるほど、平均得点は下がっていくので、
(2人だと20、3人だと13.33、4人だと10、5人だと8、6人だと6.66)
比較的対戦人数に得点が影響されにくいこの攻略法は、多人数になればなるほど効果的になる...
結論としてはこういう事になると思います。


その上、この攻略法は、15から11の手札を無駄にしない事にも現れているように
(ここからはかなり穿った見方をしてるので注意)
ランダムで得点の期待値の高いカードを、より確実性を高めて取っていく...
ミドリのギャンブルを避け、石橋を叩いて渡るというキャラ描写でもあるのではと。
放課後さいころ倶楽部ゲッサン2013年7月号 p165 中道裕大

先月号のこのシーンなんかもリスクは避ける傾向を表してますね。
(まぁ、この状況だとほとんどの人は最後尾のねずみを見捨てるでしょうけどもw)



中道裕大 @GRGR_ 嬉しい〜、ありがとうございます!ゲームのロジックには東大理工卒の新担当さんが一肌ぬいでくれました。 link
何にせよ、それなりに根拠があるロジックを出してるだけでも素晴らしいんですが、 高校1年生のミドリが勉強で知ってる範囲内でのロジックを使いつつ 仮に論理展開にもキャラの考えを浸透させていたならば、T波さんは本当によく考えてるなぁと。 で、さらに蛇足になるのですが。 放課後さいころ倶楽部ゲッサン2013年8月号 p95 中道裕大 このシーン、アヤとミドリがバッティングしまくる根拠にもなってます。 これもさすがに作者側がそこまで意識してるとは思えない、穿った見方なのですけども。 (追記:担当さんに伺ったところ、そこまでは考えてなかったそうです。) ミキは10に対して15を出す事から、ある程度オーソドックスな方法を取っています。 店長は14を出してる事から、オーソドックスと被らないよう、それを若干アレンジした戦法を取っています。 アヤは彼女なりのインスピレーションで出してると思われますが、 これはある程度ランダムに近い出し方だと考えることができます。 ただし、このシーンのようにオーソドックスな出し方とそのアレンジの両方と バッティングしないような出し方の中から...という前提条件が付きます。 というか、アヤは単純というか、素直だなーw (つまりこれもキャラ描写) 店長はミキと被らないような戦い方ですし、 ミドリの攻略法はそもそも店長とミキとのようなプレイヤーとのバッティングを避けるものです。 そして、アヤはミキと店長とのバッティングを避けた中でのランダム戦法なので、 バッティングの発生は、必然的にアヤとミドリとでの確率が高くなる、という事になります。 もう一つ、『ハゲタカのえじき』がいかに良く出来たゲームかも書いてみたいのですが、 さすがに長くなるので割愛。 端的に言えば、減点カードの導入と、得点カードとのバランスですね。