The Structure of "Ice Hockey Princess" #1

編集担当:山田大樹


『氷球姫』のプロトタイプ漫画『氷の国の王子様』の記事
The Structure of "Prince of Ice Kingdom"

で、1巻出た辺りに『氷球姫』がそこからどう変わったかを記事に出来たらいいなぁと考えています。

と予告していた記事を、少々遅れましたが書いてみようと思います。
長くなったので 4) 以降は来月に書くつもりです。


1) 男女混合から女子アイスホッケーへ
前作『氷の国の王子様』との最も大きな違いはココでしょう。

『氷の国の王子様』 1巻 p72 小野ハルカ

『氷の国の王子様』のプロトタイプの読切『プリンス オブ アイス』の内容まではさすがに
覚えてないこともあり、どういう経緯で『氷の国の王子様』が男女混合になったかは分かりません。
まぁ普通女性キャラは『BE BLUES』のようにマネージャーになるもんなんでしょうけど、
女性のキャラにもアイスホッケーをやらせたかったんでしょうか。
『氷の国の王子様』 3巻 p54 小野ハルカ

『氷の国の王子様』ではプレイヤーではない女性も出てきますが、
正直コレではキャラにファンが付かないだろうなぁと思わせるものでした。
まぁプレイヤーであるハナにはファンが付くか?と言われると、
多少マシとは言え疑問ではあったんですが。


週刊少年ジャンプならヒロインが登場しない漫画でも人気は出るでしょうけど、
サンデーだとどうしてもヒロインの魅力がある漫画が人気しますから、
女性キャラはどうしても出す必要がでてきます。
卵が先か、にわとりが先か... 魔球漫画だから男女混合でも問題なしとしたのか、
男女混合にしたから多少リアルさを追求しなくてもいいだろうと魔球漫画にしたのか分かりませんが、
中学アイスホッケーなのに男女混合というリアルとは違う設定と、
『氷の国の王子様』が魔球漫画だった事は不可分の関係にあったと言えるでしょう。
また、それほどアイスホッケーに詳しくない状況だと、
球漫画の方がベターだという面もあったのかもしれません。

一応アイスホッケーを題材に取りつつも、かなりファンタジーの入った内容だったので、ホッケーをご存知の方はご不満に感じられたかもしれません。もしまたホッケーを扱った作品を作ることになった場合は、もう少しリアルな魅力をお伝えできたらなあと思っております。
『氷の国の王子様』3巻 p164 小野ハルカ

前回の記事でも引用した文章ですが、
球漫画からリアル方面へとシフトする為には男女混合という設定を変える必要があります。
すなわち、男子か女子の二択です。
『氷球姫』 1巻 p190 小野ハルカ

『氷の国の王子様』執筆時からもっと女の子プレイヤーを描きたいと思っていたので、

となれば、必然的に女子アイスホッケーの漫画という事になります。
『氷球姫』では日本アイスホッケー協会などが取材協力してるみたいですから、
ある程度リアリティを担保できる体制になっているのでしょう。


2) 主人公二人制
『氷球姫』はサブタイトルが『常盤木監督の過剰な愛情』とあるように、
薔薇紅羽が主人公で、常盤木松明がサブ (?) 主人公という主人公二人制を敷いています。
...まぁどっちが本当の主人公かは意見が分かれる所だとは思いますけども。
主人公二人制のメリットを語る前に、以前引用した文章ですが主人公キャラの分類について。

主人公を個性豊かなものにするとプレイヤーが感情移入しにくくなるため、主人公のビジュアルは無個性と思われるほど特徴のない描き方をします。
(中略)
主人公が話すセリフも、しゃべればしゃべるほど主人公像が限定されていきますから、下手にしゃべらせないほうが無難です。『ドラクエ』のように一切しゃべらず、「はい」か「いいえ」の意思表示のみ行うという形式が一番シンプルで間違いのない形です。
主人公の個性に合わせるようプレイヤーに強制するのではなく、主人公には幅広い人々に受け入れやすい個性を持たせます。優柔不断な性格にするというのは、この場合の定石です。迷うたびに選択肢を挿入していけばいいので、一挙両得です(選択肢を選ぶという行為はプレイヤーの意思を尊重することにもつながります)。
このように主人公への感情移入を促進するために、主人公キャラのビジュアルや名前、セリフはできるだけプレイヤーが選べるようにしていきます。これが基本です。


ただし、『FF X』のように、まったくこうしたことにこだわらない主人公像のゲームもあります。
(中略)
あんな人生を楽しみたい、あんなビジュアルになりたい、あんなセリフを吐ける人物になりたい、あんな武器を持ちたいなど、これはコスプレイヤーがコスプレをするときの感覚と近いものです。
(中略)
着せ替え型主人公の場合は、できるだけプレーンなものにします(プレイヤーに「こうしたい」と思わせます)。
一方、コスプレ型主人公の場合は、映画やドラマ的に感情移入を促していきます(プレイヤーに「こうなりたい」と思わせます)。

『ゲームシナリオの書き方』 p84-85 佐々木智広 ソフトバンククリエイティブ

これはゲームでのお話ですが、漫画もほぼ同じような事が当てはまります。
例えば『ONE PIECE』のルフィはコスプレ型ですし、『銀の匙』の八軒は着せ替え型と言えるでしょう。
2つの型には長所と短所があり、コインの裏表になっています。
長所は引用に書いてある通りで、
短所はコスプレ型には共感しにくい、着せ替え型に憧れを抱きにくい点です。
この短所は必ずしも解決しなければならない訳ではありませんが、解決方法は2つあります。


一つめは、短所をマイルドにすること。
コスプレ型に共感できるような側面を持たせ、着せ替え型に憧れるような側面を持たせることです。
ただこの解決策は諸刃の剣で、憧れを減退させ、共感を損なうという、
長所を鈍らせる可能性があります。


もう一つの方法は、主人公をコスプレ型と着せ替え型の二人にすること。
『氷の国の王子様』 1巻 p50 小野ハルカ

前作『氷の国の王子様』も北大路アーサーと城山咲人の主人公二人制でした。
主人公二人制の漫画は探せば意外とあります。
例えば『トリコ』はトリコと小松の主人公二人制と言っていいでしょう。
主人公に憧れを抱きたい人にはトリコに、共感したい人は小松視点で読めますので、
双方の主人公のいいとこ取りをしたような漫画になります。
デメリットとしては、構造的にみると一人制より主人公描写が減る事でしょうか。


話が逸れますが、
主人公二人制の作品が必ずしもコスプレ型と着せ替え型の二人の主人公だとは限りません。
例えば、ジェフリー・アーチャーの小説『ケインとアベル』は
着せ替え型かコスプレ型かは意見が分かれる所ですが、少なくとも似たような主人公二人の
交錯する運命を描いた作品でした。

ケインとアベル (上) (新潮文庫)

ケインとアベル (上) (新潮文庫)

主人公が複数いる場合でも、各キャラの視点や情報の違いによって意外性に繋げる作品が
特にミステリー作品には多い気がします。例えば『永遠の仔』『半落ち』など。


また、18禁PCゲームですがコスプレ型と着せ替え型の主人公二人制で、
かつ主人公の視点の違いで意外性に繋げる作品がありました。ドラゴンナイト4』です。

ドラゴンナイト4

ドラゴンナイト4

一応PSにも移植されたみたいです。
このゲームの事を書き出すととてもじゃないけど1つの記事では収まりきらないので自重しますが、
私の知る限りにおいては、主人公二人制の構造を最も上手く扱った作品でした。


話を戻します。
かように主人公が単独か複数か、着せ替え型かコスプレ型かは
作品の設定において最も重要な要素のうちの一つです。
そんな中、ヒロインが主人公で、ヒーローがサブ主人公という作品は意外に少ない気がします。
パッと思いつくのが椎名高志先生の『GS美神 極楽大作戦!!』『絶対可憐チルドレン』です。

GS美神 極楽大作戦!!』 26巻 p21 椎名高志

GS美神』も『氷球姫』もがコスプレ型の女性主人公で、
着せ替え型の男性サブ主人公というのは共通しています。
このパターンのメリットは、男性にとってサブ主人公に共感しつつ、
こういう女性と付き合いたいという憧れを同時に満たすことができる点だと思います。
短所としては、着せ替え型主人公が好きな女性読者や、コスプレ型主人公が好きな男性読者には
性差を超えて共感や憧れを抱いてもらう必要がある事でしょうか。


と、こういう感じで主人公キャラの分類をする事が可能だと思うのですが、
どのパターンがベストだという訳ではなく、
パターンの特長を活かして漫画の面白さにどう繋げるかが肝心でしょう。


3) 着せ替え型主人公の「頑張る動機が女の子」(by @ITTK)
今も続くジャンプの三大原則といえば「努力・友情・勝利」です。
マガジンはかつて「スポ根」という売りがありましたし、サンデーも「ラブコメ」が売りでした。
ブコメだと単にジャンルの事になるので、原則となるような標語にすると
頑張る動機が女の子」という事になると思います。
(今まで「女の子の為に頑張るのがサンデーの漫画」と書いてましたが、正確にはコレです。)



PERO bot
やっぱり「モテたいっ」ですよ!可愛い娘にモテてー!めっちゃモテてー!これが男の最大のアジェンデですよ!
link
ではどう頑張るのか。 コスプレ型の主人公なら簡単です。強くなること、格好よくなること等でモテる。 しかし、現実でモテてないからこそモテたいと思う訳で、 最初からコスプレ型がモテても嫉妬の対象にしかなりません。 コスプレ型の主人公と「頑張る動機が女の子」の原則とは基本的にディスシナジーを形成するのです。

ディスシナジー(Dis-synergy)とは、あるカードや能力などが、他のカードや能力などと一緒に使った際に、互いに悪い方向に影響を与え合い、結果単体で使ったときよりも性能が悪くなること。あるいは、そのような組み合わせのこと。アンチシナジー(Anti-synergy)、負のシナジーなどと呼ばれることもある。対義語はシナジー
ディスシナジー M:TG Wiki

例えば『GS美神』の横島や、最近の『マギ』のアリババのように、
最初は着せ替え型のキャラクターだったのが、努力を経てコスプレ型へと転換していく...
という経緯を経れば、逆にシナジーを形成する事にもなります。
ただ、このパターンは努力が実るだけの時間が必要になってくるので、必然的に連載が続かないとやれません。
逆に、時間を必要としない着せ替え型からコスプレ型への転換もあります。
話が逸れるので詳しくは分析しませんが、変身ヒーローや魔法少女などはその典型です。

コスプレ型のギャルゲーなら、主人公が池面だったり、力があったりといった主人公の魅力でキャラを攻略できます。
着せ替え型でも主人公が池面な設定もありますが、ギャルゲーは基本的に池面ではないプレイヤーがするものですし、
これだと感情移入を阻害する要因になり得ます。
主人公の外見を武器にせずにキャラを攻略する方法...となると、クエスト的なものにならざるを得ません。
エルメスのバック買って欲しい」といったような物欲的クエストでフラグが立ってもプレイヤーが満足すると思えませんから、
精神的クエスト、つまりキャラの悩みを解消するカウンセリングがフラグになるのは必然でしょう。
この漫画でも構造は全く同じです。
漫画では主人公の外見を描写せずに話を組み立てるのは非常に難しいですが、プレーンなキャラとして描写することは可能です。
『BoysBe』『いちご100%』等もこのタイプでした。
桂馬もキャラの性格はともかく、外見は中肉中背の汎用的キャラと言えるでしょう。
頭は良い設定ですが、基本的に人間は他人から見られているよりも自分は頭が良いと思っているものなので、
外見よりは感情移入を阻害する要因にはなりません。
そして外見をプレーンにするならば、攻略方法がカウンセリングになるのもギャルゲー同様必然でしょう。
The Structure of "The World God Only Knows" #1

何にせよ、着せ替え型の主人公なら上記の文章のような理由でカウンセリングする事...
女の子の悩みを解決するように頑張る訳です。
『氷球姫』 1巻 p43 小野ハルカ

上記の文章は以前書いた『神のみぞ知るセカイ』の記事からですが、もちろん『神セカ』にも当てはまります。
サンデー連載中の作品だけでも他に
銀の匙』『ハヤテのごとく!』『最上の明医』『電波教師』『絶対可憐チルドレン』等が該当するように、
基本的には着せ替え型の主人公と「頑張る動機が女の子」の原則とは、
シナジーを形成するが故に多くなってます。


そして、女の子に感謝されることで達成感を出す。
『氷球姫』 1巻 p80 小野ハルカ

ただ、現時点ではこの辺りは正直言って物足りないです。
詳しくは#2で「いかに感謝の描写が大切か」について書く予定でいますけど、
こういった所を描けない作家さんという訳ではないので、
スタートダッシュを決めるためにストーリーを巻き気味にした弊害なのかもしれません。
個人的には、新人作品こそキャラを重視すべきだと思うんですがねぇ...


また、常盤木の変態性については賛否両論あるみたいですが、
GS美神 極楽大作戦!!』 26巻 p19 椎名高志

着せ替え型のサブ主人公がヘンタイという点も『GS美神』との共通点で、
私から言わせると『GS美神』の横島に比べたらだいぶマイルドになってるんじゃないかとw